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福岡地方裁判所大牟田支部 昭和54年(ワ)9号 判決 1980年2月25日

原告 古賀勝

被告 国

代理人 中野昌治 日高静男 ほか六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  原告の請求は、要するに憲法二九条三項を直接の根拠として、土地区画整理事業による換地処分によつて減歩された土地の補償を求めているものであるから、以下右補償が憲法上必要であるか否かにつき検討してみる。

憲法二九条は、一項で「財産権は、これを侵してはならない。」と規定して私有財産の制度的保障を規定し、二項で「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定める。」として私有財産の社会国家的公共の福祉による制限を認め、他方三項で「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定する。従つて一般的に財産権の内容を公共の福祉に適合するように定めた結果として、個々の財産権が制約されることになつても補償の必要はないが、憲法上保障されている私有財産権の内容を超える制限については補償を要するものと解される。そこで問題は如何なる財産権の制約あるいは侵害に対してどの程度の補償が必要かという点にある。ところで、右損失補償の根拠については被告主張のとおり種々の見解が唱えられているが、当裁判所は被告所論のとおり私有財産の保障と平等負担の原則から説く説を妥当と考えるが、すべての財産権は交換価値によつて把握されるところから右私有財産権の保障は必然的に右交換価値の保障を意味することになる。そこで本件損失補償の要否の判断は交換価値の損失の有無にかかつているといえる。

ここで、土地区画整理事業のシステムを概観してみるに、右事業は、「都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るため、土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更を行う。」(土地区画整理法二条一項、以下単に法という場合は同法をさす)、要するに都市の中核である市街地構成をより合理的な土地利用計画に従つて道路、公園、下水道、広道等の公共施設、上下水道の整備をすすめ、土地の合理的な利用増進、地域環境の向上、安定化をはかるものである。そのための手法としては、生活に直接関連する公共施設用地は主として受益する施行区域内の土地から減歩方式によつて提供される(法二条)。これにより地価に比較的左右されずに建設整備しうること、また、従来存在した土地はそれぞれ立地条件、機能、環境等に照応する換地方式(法八九条)により、公共施設の具備されたところに適切な換地をうけること、そして全般的には環境、土地利用の条件を向上させつつ宅地総価額については一般的に整備後上昇することが十分期待できること等を満足させるようなシステムになつている。このようなシステムによつて行なわれる土地区画整理事業においては、減歩それ自体については一般的に補償がなされない。これは、一方では健全な市街地形成のためには、土地所有等の宅地の権利者が当然受忍すべき社会的制約であり(憲法二九条二項の定め)、しかも、土地区画整理事業によつて宅地の利用価値は増加するのであるから、地積が減縮しても、宅地の利用価値は増進し、全体として宅地の交換価値に損失を与えることにならないからである。たゞ、損失は生じていないが、多くの場合、公益上の必要および換地設計上の技術的理由から、換地を定めるにつき権利者相互間に不均衡を生ずることがある。そこで、この不均衡を是正するため従前の宅地と換地相互の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等を総合的に考慮して、不均衡を是正することにしている(法九四条、いわゆる清算金制度)。又、すでに住宅地又は商業地域として開発されている既成市街地においては、減歩を伴なう土地区画整理事業の施行後の宅地の価額の総額が右事業施行前の宅地の価額の総額より減少することが起こりうる。この場合は損失補償として減価補償金が支払われる(法一〇九条)。

従つて、現行土地区画整理事業に関しては、敢えて憲法を直接の根拠とする損失補償を認める必要はないと考える。

ところで、原告の本訴請求は請求原因第3項記載によつて明らかなように、主張の土地区画整理事業の結果、事業施行前の宅地の総価額と施行後の換地の総価額との交換価値の増減にかかわりなく換地処分の行なわれた昭和五一年度の対象土地の課税評価額によつて坪当たりの単価を計算し、これに減歩された坪数を掛け合わせることによつて減歩それ自体の補償を求めようとするもので、現行制度のもとでは認める余地がなく主張自体理由がないものといわなければならない。

二  よつて、原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 正木勝彦)

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